年暮れぬ笠着て草鞋はきながら

作者:松尾芭蕉

大みそかになると、「泣いても笑っても今日一日」なんていうことを言う。今日と明日との間には何の違いもないのに、そこにかぎりない「距離」や「質の違い」をみるのも、人間の知恵の一つであろう。
ところで、去って行くこの年に自分は何をしただろうか。やろうと思ったことの何分の一のことしかできなかった人、その反対に、何倍ものことができた人もいることだろう。まさに世はさまざまである。
冒頭の句は貞享元(1684)年のものである。12月25日に芭蕉は故郷である伊賀上野に帰って来て、そこで越年した。しかし、芭蕉のこころは、故郷にあっても、旅にいるのと同じであった。人生という旅の途中にあっては、いわゆる旅先も郷里もない。
現在のわれわれは、笠や草鞋(わらじ)こそ身につけていないが、芭蕉流にいうなら、やはり人生を生きる漂泊の旅人であることに変わりはない。
一家団らんの年越しもよし、旅先での一年回顧もいい。そばを食べるも、酒を飲むも、温泉に入るのもいい。また新しい年を迎えるために、古き年に別れをつげよう。

※本コラムは地方新聞に『今日の言葉』として掲載された秋庭道博氏のコラムを再掲載しております。

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